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ぶらタビだいき

もっと自由に、もっとハッピーに。誰かの心にぶち刺さる言葉を。

幸せってなんだ。①

幸せ

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こんにちは。

日が落ちるのも早くなってきた沖縄。18:00頃に町の光が灯りはじめ、

夜の街がにぎやかになる。

その様子をみて、故郷長崎県の「おくんち」を懐かしく思います。

 

 

先日、私が大好きな「世界一幸せな講演家 古市佳央さん」の講演動画久しぶりに見ました。その動画を見ながら、「幸せってなんだ?」「自分が幸せだと思う瞬間ってなんだ?」とふと疑問に思いました。

日常生活を過ごしている中で、「幸せ」について考える時間を取っていませんでした。

取ることを忘れていました。

 

去年の夏、9月。

私が大好きなおばあちゃんが亡くなりました。

おばあちゃんは広島原爆の被爆者です。1945年8月6日を経験している人です。

被爆者であるおばあちゃんとは正月や長期休暇の際に会っていました。

僕を見てから、いつもいう一言目は、

 

「大きくなったね~。よう育ちよる」

 

でした。この言葉と共におばあちゃんの温もりも感じていました。僕とばあちゃんのどちらが身長高いかを競う時、どっちが体が柔らかいか競う時、普通にしゃべるとき、全ての時がかけがえないものだったなぁと最近になって、ようやく身に染みてきました。

 

やさしいおばあちゃんはふとした時にこんなことを言っていました。

 

「戦争はするもんじゃないよ。ばあちゃんは、死んだ人の上をずっと歩きながら親を探したんだよ。怖いとか寂しいという感情さえも感じられなかった。」

 

こう言われるたびに被爆三世として原爆について伝えていかなくちゃという責任を感じていました。と同時に原爆の中を生き抜いたおばあちゃんの強さに尊敬の念を抱いていました。(今もこの気持ちは変わりません)

このような戦争体験者にとって「幸せ」ってどういうものだったでしょうか。

 

おばあちゃんは「生きていること」とずっと言っていました。生きていることは当たり前ではないと分かっているのに、心のどこかで当たり前だと思ってしまっている自分がいました。

おばあちゃんがあの原爆で、もし亡くなっていたら僕の母が生まれていませんでした。僕の母が生まれていなかったら僕はこの世に存在していませんでした。

おばあちゃんの母もいるわけだし、それより上の先祖もいるわけです。先祖が繋がっていてくれるおかげで、今ここに僕は生きることが出来ています。

 

おばあちゃんが亡くなって1年半が経ちました。月日が経つのは早いものですね。

1年半という月日が流れている中で、「生きていること」が本当の幸せなんだと徐々に感じられるようになってきました。

「生かしてくれてありがとう」

この一言をお墓の前でつぶやきます。

年末にバイクで事故して、正直死ぬかと思って、でも生きることが出来ていて、足のけがで済むことが出来て、本当に今は幸せです。

 

幸せってなんだ

 

そう考える時間を持つだけで、生き方って少し変わるのかもしれません。

時間が流れるだけの人生の中で、全てのことが幸せだと感じられるようになるかもしれません。

生きていることが幸せだって強く確信できる時が来るかもしれません。

 

今は苦しくても、光が見えなくて、未来が真っ暗だと感じても、

「生きていること」が全ての幸せです。そう思いませんか?

 

あなたにとっての幸せって何ですか?

教えてください。一緒に幸せを感じられればうれしいです。

 

そして、

僕の「幸せ」な時を深く考えるために、

「生きていて幸せだと感じた瞬間」という記事も続きで書きました!

 

blog.buratabi.xyz

  

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

続きも読んでみてください。