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ぶらタビだいき

もっと自由に、もっとハッピーに。誰かの心にぶち刺さる言葉を。

それでも僕が歩む道

20歳の語り場

 

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さきほど、Facebookを見ていると、心屋仁之助さんが

「常識」という言葉を使う時は、常に頭に「わたしの」をつけないとね。「いや、世間の常識」と言うときも「わたしの世間の常識」にしないとね。

と投稿していました。

「普通」や「常識」という言葉は、よく耳にする中で、私は上記のことが出来ていませんでした。普通や常識は人それぞれ違うわけで、会話の中でとらえ方に差が出ます。そして、その差に不満が出たら怒ってしまうのです。だから、私も普通や常識という言葉を使う時は、「私の」をつけて使いたいと思います。

 

あ、どうもこんにちは。

僕には歩みたい道があります。こうやって生きていければいいなという道があります。

その道を歩もうとするとなぜ障害物が転がっていたり、転がってきたりすることがあります。そのたびに思うのです。

 

「またか」

 

と。この「またか」というのは後ろ向きのものではなく、前向きのものです。

サッカーの試合に出たいのに、指を骨折。

サッカーの試合に出たいのに、腰のけがでジョギングばかりの日々。

どこか行きたいけど、行けない時。

旅しに行きたいのに、足を怪我した。

なにか壁出てくるたびに、「またか」と思いました。

その「またか」を繰り返し行くうちに「次は」「やってみたい」というワクワク感が増してきていることに今日気づきました。

 

僕はバイクに乗って、見たいものを見に行くことが大好きです。日本ってこんな素敵なんやってこの目で、肌で感じることに一番の幸せを感じています。

原付バイクってスピードは遅いですが、自分のペースで走れるし、見たいものが急に出来ても小回りが出来るため見れます。色々な面で優れているんです。

そんな原付たびは本当に楽しかったです。

 

でも、、

 

でも、、

 

今、足を怪我しまいバイクに乗れる状況ではありません。

そんな時によく言われます。

「もうバイクに乗るのはやめなよ」

「バイクで遠くに行くのは危ないよ」

 

って。

 

そんな時に

「それでも行きたいんだ!」って思うんです。

危ないかもしれないけど、その危険さよりも僕のワクワク度が上を行っているんです。

 

それでも歩む道があるんです。

原付でまた日本を旅したい。

 

今考えていることはそれだけです、

危ないって言われてもそれでも歩みたい道があるんだってみんなに伝えたい。

 

人それぞれ苦しい時があって、危ない時があって、

周りの人から、「やめなよ」って言われる時がある。

でも、負けないで共に歩みたい道歩もう。

周りの声に影響されることなく、一緒に生きていこう。

 

このけがの時期はやりたいことを貯める時期だと思っています。

*四国を遍路する

*四国で滝修行をする

*東北・北海道をバイクでまわる

*砂かけまつりに参加する

 

やってみたいという好奇心が人生を豊かにするでしょう。

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今、ケガしてみて思うことがたくさんある中で、

それでも歩みたい道があると思い、文字に書き起こしました。

記事というよりも日記に近い形になってしまいました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。